ストア派の実践
失敗から立ち直る方法:ストア派の実践
失敗や拒絶に向き合うストア派のやり方は、もともと完全には自分の手の中になかった「結果」と、自分の手の中にあった「努力とふるまい」を分けることです。正直に学べることは受け取り、結果が自分の価値を決めるという判決は拒み、次の一歩からもう一度始める。マルクス・アウレリウスはそれを簡潔に言いました。しくじったなら、また立ち返れ。
失敗や拒絶には、独特の痛みがあります。手に入らなかった仕事、返ってこなかったメッセージ、うまくいかなかった計画。どれもが、挑戦そのものではなく、あなた自身に判決を下しているように感じられます。そのあとに来る恥ずかしさは、実際に失ったものよりも重いことがよくあります。
ストア派は、線を別の場所に引きました。セネカは、賢者は自分の行いの結果ではなく、その理由を見る、なぜなら始まりは私たちの手の中にあり、結末は運命が決めるからだ、と書いています(『ルキリウスへの手紙』14)。これは挑戦をやめる言い訳ではありません。自分の努力を真剣に受けとめながら、自分の価値を「いいえ」と言った誰かに手渡さないための方法です。
失敗や拒絶のあとのための、ストア派の5分間の実践
始める前に、少し時間を置いてください。最初の痛みが少し引いてからのほうがうまくいきます。
- 1まずは痛むままにする。
望んでいたものを失えば、落胆するのは自然なことです。何かを分析する前に、しばらくその気持ちを許してください。
- 2結果と、自分の役割を分ける。
短いリストを二つ書きます。自分がしたこと:準備した、応募した、頼んだ、挑戦した。自分では制御できなかったこと:相手の事情、タイミング、ほかの候補者、相手のその日の気分。二つ目のリストにどれだけ多くが入っているかを見てください。
- 3正直な教訓をひとつだけ受け取る。
自分のリストから、次は違うやり方をしたいことをひとつ見つけます。ひとつだけ、そしてそれが本当である場合だけ。自分の役割をきちんと果たしていたなら、そのことも書き留めてください。
- 4判決を拒む。
「自分は失敗作だ」「誰にも必要とされない」のような一文に気づいたら、実際に起きたことに置き換えます。「今回の挑戦はうまくいかなかった」。それが事実です。残りは、あなたが断ることのできる判断です。
- 5小さく、もう一度始める。
次の具体的な一歩を選びます。次の応募、次の下書き、次の会話。マルクスは自分に成功を求めたのではなく、ただ立ち返ることを求めました(『自省録』V.9)。
ストア派が書いたこと
正しい原理に従って行えなくとも、気落ちするな。しくじったなら、また立ち返るがよい。君のなすことの大半が君の自然にかなうなら、それで満ち足り、立ち返るその場所を愛するがよい。
マルクス・アウレリウスは、自分が至らないことを前提にして、そのための計画を書いていました。戻ってくること。完璧にではなく、一度にすべてでもなく。することの大半が正しければそれで満ち足りる、というのは、決して失敗しないことよりずっとやさしい基準です。
逆境と挫折についてもっと読む →賢者は、おのれの行いの背後にある理由を考え、その結果を考えない。始まりはわれらの手のうちにある。運命が結末を決めるが、私は運命に、おのれへの判決を下させはしない。
境界線を一文で。どう始めるかはあなたが選び、どう終わるかは運命が決める。セネカが拒んでいるのは、その結末に自分への判決を下させることです。
「自分の力が及ぶもの」についてもっと読む →誰かが私を侮るとしよう。それは彼自身の見るべきところだ。私の関わるところは、侮りに値することを私が言ったりしたりしていないか、ただそれだけだ。誰かが私を憎むか。それは彼の見るべきところだ。
拒絶は、そうでない時でさえ、軽蔑されたように感じられがちです。マルクスは注意を自分自身のふるまいに置き、他人の評価はそれが属する場所、つまり相手の側に置いておきます。
